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【感動】日本と台湾の友情物語 天才書家 金澤翔子さん「久遠(くおん)」を送る|中居正広の金曜日のスマイルたちへ
3月11日に放送された「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」は、東日本大震災から5年。日本人が知らない台湾と日本の友情物語だ。
ダウン症の天才書家 金澤翔子さんが書いた永遠の絆とは…。
世界中から注目されている金澤翔子さん。母泰子さんと二人三脚で才能を磨き、日本を代表する書家へ。独特の感性と邪念のない心。人の心を引き付ける不思議な力を持つ。
実際に見た人は、「すごく力と勇気をもらった。」と涙を流す人が続出。彼女は復興支援のため、何度も被災地へ。
5年前世界最大級の支援を送ってくれた「台湾」。その義援金は200億円。さらに義援金の9割は民間人というので驚きだ。金澤さんは、台湾の皆さんへの感謝を語った。
台湾南部地震
2月6日に台湾南部を直撃する大地震があった。ビルは崩壊。震源地からほど近い高校に一枚の書があった。この書を見ると勇気を貰えたと高校生は語った。
その文字は、「久遠(くおん)」というもの。
台湾地震の1週間前に、金澤さんが贈ったものだ。
台湾へのお礼
5年間で30回以上被災地を訪問した金澤さん。各地で聞いたのは「台湾の支援」について。台湾の人への感謝の気持ちを伝えたいと立ち上がった。
松島のシンボルとして、福浦橋があるが、別名「出会い橋」という名前。震災時に橋を渡ることが出来なくなった。台湾からの義援金により修復。台湾と日本を結ぶ橋だとして、絆の架け橋となっている。
実際に台湾から来た人も多くみていて、喜び、感動のシーンがあった。
なぜ?200億円も?
1999年9月21日台湾中部地震。地震当日の夕方というスピードで日本が最初に救援開始。さらに救員数は145人と世界最大。
不眠不休で救助する姿が、多くの台湾人の胸を打った。1週間後、帰国の際には、信じられない光景が。税関職員が全員敬礼。多くの拍手で見送り涙した。その時の感謝が今に通じているというのだ。
12年後の東日本大震災では、台湾は総出で日本への援助を訴えた。200億円というのは、大国アメリカと同額だという。9割が民間人というので、感謝の限りだ。
久遠(くおん)
お礼を込めて、多くの台湾の方の前で金澤さんが書を書いた。
日本と台湾の友情がいつまでも続きますようにと願いを込めたそうだ。書の真ん中には、一本の道を描いた。
台湾の方も「彼女の字に感動しました。これからも日本と友情を築いていきたい。」「書道は人の心を動かす。感銘した。」と語った。
今回の放送を見て、本当に台湾の方々には感謝がいっぱいです。人を助ける気持ちを改めてしっかり持ち思いやりを持っていきたいなと感じました。